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『島津の疾風』を終えて。 [島津の疾風]

まさに疾風のような日々が過ぎ去っていきました。
ワークインプログレス東京公演がわずか10日前の出来事だとは信じ難いほどの、
濃密な瞬間の連続を僕らは生きていました。

役者たちは客席のお客さんに向けて、ほとばしる情熱を届ける発信者ではありますが、
実は暗い客席にいるお客さんから、たくさんの想いを受け取りながら舞台に立っています。
その受け取った想いをお芝居に「変電」して観客席の皆さんへと戻す、
これが、舞台の醍醐味であり、本質であると思っています。
とうふのかど
東京公演では興行として完成させる寸前の状態を、敢えてお客さんと共有し、
「作品を創る過程」を楽しんでほしいと考えました。
作・演出である僕も俳優たちに交ざって舞台に上がらせてもらいましたが、
客席からは、いただいた貴重なご意見以上に、僕は「強い想い」を受け取りました。
どうしてシアターキューブリックには、観客の立場を超えた熱い想いをもっている人が、
こんなにたくさん居てくれるんだろうかと、その光景を感じながら、
ぼーっと考えたりしてしまいました。
ワークインプログレス東京公演から鹿児島公演へ、
単なる作品のクオリティアップを図る企画ではなく、
気がつけば僕らは「想いの襷を繋ぐ」行為を経験していました。


そして、シアターキューブリックは本土最南端・鹿児島に初上陸しました。
劇団初の鹿児島、劇団初の生徒観劇ステージ、劇団史上最大1200席の大劇場、
10月25日に行われた3公演は、
地元日置市の小学4年生から中学3年生総勢2700余名に見てもらうステージ。
とうふのかど
よく考えると、これってものすごいことです。
日本のなかの、ある市の10代前半の子供たちが全員『島津の疾風』を観るのです。
長い人生、ふと出会った言葉や想いが、人生を変えることがあります。
僕だって、そうした言葉や想いと出会いながら38年生きてきたんだと思います。
所詮、お芝居なんか嘘です。でも、そこにある想いは本当です。
この本当をこそ、届けたい。
キャストもスタッフも、満身創痍、最後の瞬間まで駆けました。

日置市の子供たちに、鹿児島のみなさんに、
鹿児島までこの作品を観に行ってくださった皆さんに、僕らの本当を届けたい。
今あるもの、今住んでいるまち、今まで歩んできた郷土の歴史、
変哲のない日常、いつもと変わらない家族、友人。
こうした当たり前な素敵なものをもっともっと好きになってほしい。
そして、楽しい未来を創る人がもっともっと増えていってほしい。
僕らは、こうした想いをこの作品に込めました。
とうふのかど
10月26日のツアー千穐楽のステージでは、
劇団初の鹿児島において、まさかダブルカーテンコールを頂けるとは思ってもいなくて、
その瞬間、オペレーションブースでは、ちょっぴり涙ぐみながら、
オペレートしているスタッフさんの横顔がありました。
席を立って帰ろうとしていたお客さんが立ち止まって、二度目の挨拶を見届けてくださいました。
アンケートでもたくさんの叱咤激励をいただきました。
なんと東京・鹿児島あわせて4000人もの人たちに観ていただくことができました。

またひとつシアターキューブリックにふるさとが出来たんだと思います。
たった一回だけのツアー公演、次はいつ来られるのかも分からない、
ほんとうの生まれ故郷と比べれば、希薄な繋がりかも知れないけれど、
そんなことはまったく関係ないほど、僕たちは「さつま」を強く心に刻みました。
とうふのかど
土佐の長宗我部元親さんが繋いでくれた、岡山、関ケ原とのご縁、
岡山の宇喜多秀家さんと関ケ原が繋いでくれた、さつまとのご縁。
もはや人智を超えたところにある「お導き」であることは察していますので、
ひとつひとつの出会いを大切に、水の流れのように生きていこうと思います。

みんなが東京に帰ったあと、鹿児島県内の島津さんゆかりの方々のお墓をめぐりました。
島津さんのお墓はどこへ行っても、空気がカラッとして、気持ちよく僕を迎えてくれました。
「ないごて、俺どもがあげん恰好ばしよっと!(笑)」と仰っていることでしょう(>_<)
福昌寺跡の島津本家ご当主の墓地、長寿院盛淳さんのお墓、
野田郷にある島津初代5当主の墓地、伊作島津家歴代ご当主の墓地、
島津豊久さんはじめ永吉島津家歴代ご当主の墓地、
豊久さんの父君・島津家久さんの墓地、日置島津家歴代ご当主の墓地、
重富島津家歴代ご当主の墓地、今和泉島津家歴代ご当主の墓地、
加治木島津家歴代ご当主の墓地、薩州島津家歴代ご当主の墓地、
山田有栄さんのお墓、中馬大蔵さんのお墓、伊集院忠眞さんのお墓、
義弘さんを追って殉死した山路後藤兵衛さんの後藤塚、
おなじく実窓寺蹟の供養碑、そして最後に島津義久さんのお墓。
それから薩摩万世にある特攻平和祈念館にも行きました。
(距離的な問題でお墓参りできなかった島津の皆さま、すみません!)

僕らは生きてもいますが、生かされてもいます。
その感覚を自分のなかにもっともっと欲しくて、
僕はいろんな場所でいろんな人と会って、いろんな風景を見て、
いろんな作品を生み出すんだと思います。
とうふのかど
『島津の疾風』はきっとこれからも皆さんのなかですくすく育っていく作品です。
どうか皆さんの心のなかに、彼らのいろいろな瞬間が、お日さまのように輝きますように。
そして作品とともに、登場人物たちのふるさと・鹿児島と、
作品の舞台となった関ケ原の溢れんばかりの魅力もぜひ堪能してください!


最後に、東京公演、鹿児島公演を観に来てくださった大勢の皆さん、
遠くから応援してくださった皆さん、日置市職員の皆さん、日置市教育委員会の皆さん、
舞研スタッフの皆さん、後援・協賛でご尽力くださった皆さん、キャスト・スタッフの皆さん、
どうも有り難うございました。

とうふのかど
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